“なんとなく” 眼科医になって。でもそこで、命の姿を見せられた。

 

_来ました! バンクーバーの美女代表(笑)。日本では女医で、カナダに来てマッサージセラピスト&ヨガインストラクターになって、今やBlogやYouTubeで世界中にファンがいて。そんなArisaちゃんがいったいどうやって形成されたのか、まずは、ちっちゃい頃のこと、聞かせてもらってもいい?

 

はは、ありがと~(笑) あのね、とにかくやんちゃ! 髪もすっごく短くて、元気で活発で、男の子みたいだったよ。近所でザリガニとったりとか。5歳下に弟がいるんだけど、子供の時は優しくて内気でね、わたしと正反対。
うちは医者家系で、おじいちゃんもお父さんもお医者さん。お母さんは専業主婦で、まあ、あんまり不自由はしてない生活だったかも。
3歳くらいの頃から、ピアノとか絵とか、すんごいいろんな習い事をしてたけど、あんまり自分が夢中になれたものはなかったな。ピアノの練習も、おけいこ録音して、それをリピートで流しといて、下にいるお母さんだまして、あとは寝てたり(笑)。

 

_そうなんだ。今のArisaちゃんからしたら、意外な感じ! じゃあ、その頃に悩みとか、コンプレックスとかってあった?

 

親がよくケンカしてたから、それは嫌だったよね。わたしが6年生で、弟が小学一年生の頃だったかな。両親がケンカしだすと、弟が泣くじゃん? もうそういうのが耐えられなかった。で、親に言ったの。「子供のためを思って、離婚してください」って(笑)。昔から、親の前ではほんとの自分じゃなかった。いい自分でいようっていうか、期待に応えようとしてたのかもね。そんな子供だった。門限とかもすっごい厳しかったし、だから早く家を出たいっていうのはあったな。だから愛知の医大に入学して一人暮らし始めた時は「自由!!」って、ほんと思った。

 

_医大の医学部だよね。やっぱり、お医者さんになりたかったの?

 

ううん。別にそんなことなかった。高校は岐阜の進学校で、友達も彼氏もいたし、楽しいから何も考えてなくて。なんとなく理系だったから、大学の学部も消去法で、結局残ってたのが医学部。医者の世界しか知らないし、まいっか、って感じで。とにかくなりたいものとか本当にない子だったな。それでも6年制の医学部の間、5年生くらいの時かな。精神科にすごく興味を持った。人の心と体のつながりっていう部分で。でもその前に、もっと体全部のことを知らなきゃって思って、研修医として内科からERまでぜんぶ勉強する方に行ったのね。そしたらそこの精神科の先生たちがすんごい変わり者ばっかりで(笑)。いろいろあって、やっぱりウチはおじいちゃんもお父さんも眼科医だし、そっちの方が楽なのかなって。眼科は他と比べればすっごい大変な仕事じゃないから、って。何にも考えずに眼科医になったの。

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_それで医者になれちゃうっていうのもすごいけどね(笑)。でもその頃のArisaちゃんは、「自分はこうなる!」っていう感じではなかったんだね。

 

そうだね。でも、目の前に与えられたものはしっかりやれる子だった。昔から親から与えられ続けてきたから、自分自身の選択とか考えがなかったわけ。ピアノも勉強もやれって言われたらやるし、ある程度はできちゃう。だから眼科入ったのも、別に嫌とかではなかった。

 

_Arisaちゃんが白衣着てハイヒール履いてってなんか興奮するんだけど(笑)、眼科医時代はどうだったの?

 

もちろん大変なことはあったけど、充実してたよ。眼科自体はすっごく楽しかった。目の中ってね、めっちゃめちゃキレイなんだよ。例えば、手術なんかでも、お腹の中っていうのはすごく臭いの。でも、目は、宇宙みたいにキレイ。作業も細かくて、顕微鏡見ながらちっちゃい血管を一枚ずつ外したりとかね。心臓外科にも感動したな。心臓が動いてる様子ってもう、すごくキレイでカッコイイんだよ。

 

_眼科以外の患者さんも診てたの?

 

勤めてたのが、名古屋のど真ん中の病院でね。第三次救急とかもやってたから、重症の人のほとんどが来るんだよ。眼科医って言っても、一応外科系に入るから、緊急室の当直とかもしなくちゃいけなくて。交通事故や飛び降り自殺の人が担ぎ込まれてきたりとか。「イタイイタイ」って言ってた人がどんどん目の前で死んでいったりとか。

 

一人、今でもハッキリ覚えてる。交通事故で高圧電流触っちゃった人がいてね。ボルトとか、もう一瞬だよね。バアッて入った電流が、体のどこから入ってどこから出るか、焼き跡でわかるんだよ。助けることはできなかったけど、「ああ、体自体は焦げないんだ」って、不思議な気持ちで。

 

そういう人たちの姿を目の前で見てたら、人生って長いようですごく短い、なんて儚いんだろうって。この人たち、ちゃんとやりたいことやって、幸せに死んでいったのかなって、いつもそう思ってた。だから自分も精一杯生きようとか、そんな風に思ったわけじゃないんだけど、今思ったらすごい経験だったし、学びだった。

<<<次回は、Arisaちゃんの人生が大きく動いた “ゼロ→イチ”ポイントに迫ります!>>>

About The Author

Star☆tS 編集長 - 言葉の魔術師

兵庫県明石市生まれ。言葉のお仕事師。夢見がちなこども時代、激音と妄想まみれな思春期、販売・事務職など迷走OL時代を経て、大失恋をきっかけに晴れてコピーライターに。2007年、サンタモニカへ移住。2010年、バンクーバーへ移住。ブランディング、コピーライティング、インタビュー記事執筆などの他、絵本、小説、エッセイなど、アーティストとコラボした作品も創作中。最近ぐっときた言葉は「愛は光の速度の二乗」。 カナダ留学エージェンシー カウンセラー

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