メロディーを紡ぎ始めた瞬間、彼自身が歌となる。歌とひとつになった彼は、聴く人惹きつけ、繫ぎ、その瞬間のすべてをひとつにする。浩輝が歌と出逢ったのは、ほんの2年前。それは葛藤の中で見つけた光のように、彼をバンクーバーへと、そして本当の彼自身へと導いてくれた。

 

過去に夢中になった音楽が、未来の自分を救うことに

ピアノを習い始めたのは小学校の低学年の頃だっただろうか。それなりに楽しんだ記憶はある。しかし何よりも浩輝を魅了したのは、先生の家で聴かせてもらった海の向こうの音楽だった。Stevie Wonder、The Beatles、同世代の友人たちが聴いている日本のポップスとは違う“何か”があった。引き寄せられるようにスコアを借り、ギターをいじり、見よう見まねで音を奏でた。それが未来の浩輝を助けることになるとはまるで知らずに。

3人兄妹の真ん中に生まれ、厳しいしつけの元で育った浩輝は、幼い頃から“自制すること”を知っていた。常に空気を読み、自分の想いを表現しない。がんじがらめだった、とも言える。そんな彼を変えたのは、やがて訪れる、音楽との運命的な再会。歌と一体となり、フィーリングを感じ、声に乗せて伝える。恐れずに、自分を表現する。解放できずにいた本当の自分、そしてこれから行くべき道を照らし出してくれた、歌という鍵。それは、社会に出てからの「闇」を体験したからこそ、彼が自ら引き寄せた「光」だった。

自問自答の日々の末に出逢った、”歌う喜び”

北海道の大学を卒業後、上京し、就職した。己に挑戦する想いもあり、選んだ業界は、自分の本質と最もかけ離れていると感じた総合金融サービス。商業施設建設のディベロッパーの仕事を任された。周囲はみな、“デキる”人間ばかり。しかし、経験を重ねるほどに疑問が募った。「物で溢れたこの国に、これ以上新しい建物を造り、利益を追究する意味があるのか?」。情熱は湧かず、鬱々とした日々が続いた。答えが見つからないまま、3 年が過ぎようとしていたある日。同期の友人から、あるグループのライブに誘われた。『BeChoir』。経歴に一切こだわらず、ただ「歌いたい」という強い想いを持った若者が集まるマスクワイヤー集団。興味を抱き、足を運んだ。ライブが始まった瞬間、すべてを持っていかれた。細胞の一つひとつを、魂の核を震わせるようなエネルギーがそこにあった。「ここで歌いたい!」強烈な想いに掻き立てられ、すぐに入団を決めた。歌の経験は全くない。基礎を叩き込むため、ボイストレーニングに通いながら、仕事上がりや週末を、練習と運営活動に費やした。初めての舞台は川崎のクラブチッタ。1,000人は入るハコで、右も左もわからないまま、ただただ高揚し、全身全霊で、全開の笑顔で楽しんだ。歌との、メンバーとの、観客との一体感。ずっと探していた“何か”がここにあった。音楽にも、生きることにも、本気で向かっている仲間たちに刺激を受けながら、疾走する大きな流れのひとつになっているという確かな感覚を、浩輝は感じていた。

歌うことで見つけた、”本当の自分”と”夢”

会社を辞め、海外へ出ようと思ったのは、直感でもあり、海外経験のある仲間たちの影響もあった。英語が使えるというだけではない。価値観、行動力、意見

など、感銘を受けることが多々あった。また、英語で歌うからには、発音や歌詞、歌の背景まできちんと理解したいという想いもあった。本気で学べる場所をリサーチし、バンクーバーにある英語学校への入学を決めた。その創設者であるSammy 高橋さんとの出逢いもまた、偶然であり、必然だったと言える。音楽を愛するSammyさんと意気投合して即バンドを結成し、講演会やカフェでのライブ出演も決まった。演奏を重ねる度、また新しい人との繫がりが広がっていく。初めての海外生活、初めてのバンド活動、360°全方向からインスピレーションを受ける日々の中で、浩輝はやっと、“夢”を見つけた。それは、「国連職員として、自分の力を世界に注ぐこと」。何不自由なく暮らしている自分の現状、その一方で、この地球のどこかには、平和という水準にすら行き着かない国もある。そんな地域で暮らす人々のために働きたい。そのために、日本語を忘れるほど英語を勉強したい。音楽をツールとして、国境のない人間性を培っていきたい…。

かつて、自分の想いを閉じ込めて、ピアノの舞台で震えていた少年は、歌と出逢い、人と出逢い、そして本当の自分と出逢った。幾多もの出逢いを力に変えて、彼は今、それを世界に還元しようと全速力で進んでいる。

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年に9、10回もの公演をこなす『Be Choir』。東京キネマ倶楽部でのライブ

Interview

— 国連職員になるという夢を見つけたのは、歌を始めたことがきっかけですか?

浩輝:歌を習い始めてからよく聴いていたMichael Jackson の曲に『Make the world a better place 』という一節があり、これが自分自身の人生のテーマだと感じています。歌う時も、誰かに会う時も、どんな時でも。その延長線上で、仕事として自分は何をしたいかと考えた結果、このテーマを現実にワークさせている組織が「国連職員」なのではないかと。

— 国連職員としてどういうお仕事を目標とされているのですか?

浩輝:一口に国連と言っても非常に幅広いので、まず自分の英語力を高めて正しくリサーチをし、各組織の活動をきちんと理解してから、具体的な目標を定めようと考えています。大きくは、技術や支援を必要としている地域の発展を手助けする仕事に自分の力を注ぎたいと思っています。開発からフィールドワークまで、色んなセクションに挑戦してみたいです。

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東北大震災のチャリティーライブ。日立シビックセンター他、各地で復興支援ライブを行った

— 100 人のマスクワイヤーで歌うのと、少人数でのバンドで歌うのとでは違いを感じますか?

浩輝:確かに今はお客さんとの距離も近く新鮮ですが、自分にとっては、そんなに違いはないです。団体で歌っている時は、大人数だからごまかしが利くといえば利きますが、そんな意識では成り立たないので…。そういう意味では、団体の中でもバンドの中の1人であっても、常にソリストというスタンスで歌うようにしています。

— 歌を通して、伝えたいメッセージは?

浩輝:自分のために歌うことは絶対にないので、伝えたいことは常に意識しています。まず歌詞をひたすら書いて、内容をビジュアル化できるまで自分の中に浸透させます。そして、自分という媒体を通して、曲が持っているメッセージを聴覚的に気持ちのいいものに変換できるよう、ビブラートのかけ方など技術的な部分も突き詰めるようにしています。愛について歌っているものであれば、それをシェアしたいし、感じてほしい。来てくれた人に、何か1つでも気付きや出逢いがあればと願いながらやっています。音楽であってもなくても、いつでもそういう姿勢でいたいですね。

— これからチャレンジしたいことはありますか?

浩輝:行く行くは作曲もやってみたいです。表現の幅を広げるために楽器も始めたい。あとは、日本の伝統楽器にも興味があります。北海道出身なので、アイヌ民族の楽器など、自分のルーツと関わるものと融合させて、他にない音楽を創れたら面白いなと…。

— バンクーバーという街から学んだことは?

浩輝:色んな国の人がいる、いわゆる“モザイク”な都市ですが、割と保守的だなと感じています。その一方で、ナショナリティーを超えて自分のコミュニティーを築いている人もたくさんいる。自分も英語を学びながら、「日本はこうだ」「カナダはこうだ」という視点に捕われず、縦横無尽に繫がりを作っていけるようになりたい。それこそ音楽は強力なツールだと思うので、色んな国の言葉で歌ったりといった新しい挑戦をしながら、ボーダーを超えた、コスモポリタンな人間を目指したいですね。

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バンクーバーで結成したバンドでのパフォーマンス。距離が近い分、観客との出逢いの密度も濃い

※この記事は2013年 2月下旬号「Oops!」に掲載されたものです

 

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森 浩輝(もり ひろき)

1985 年 12 月20 日生まれ

北海道出身

浩輝さんご自身のブログ

http://morihiroki.jimdo.com

浩輝さんが所属する『Be Choir』のホームページ

http://bechoir.com

About The Author

Star☆tS 編集長 - 言葉の魔術師

兵庫県明石市生まれ。言葉のお仕事師。夢見がちなこども時代、激音と妄想まみれな思春期、販売・事務職など迷走OL時代を経て、大失恋をきっかけに晴れてコピーライターに。2007年、サンタモニカへ移住。2010年、バンクーバーへ移住。ブランディング、コピーライティング、インタビュー記事執筆などの他、絵本、小説、エッセイなど、アーティストとコラボした作品も創作中。最近ぐっときた言葉は「愛は光の速度の二乗」。 カナダ留学エージェンシー カウンセラー

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