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©Noriko Tidball http://www.norikotidball.com/

第二回_髙山ひろみの“原点”と“ゼロ→イチポイント”

 

Q_今のヒロちゃんの活動は、どうやって生まれたの?

A_お弁当作り、美容師、インテリア、そしてビーガン料理。まったく別のことに見えて、ホントはぜんぶつながってる。

_今日は、バンクーバーいち、いや世界で一番おいしいビーガンプリンを生み出したひろちゃんの秘密に迫ります! プリンはもちろん、人気イベント、ポエムナイトのごはんでもその腕前を披露してるよね。ビーガンと思えない味と、盛り付けや見た目のキレイさにみんなびっくりしてると思うんだけど、そんな今のひろちゃんの才能は、子供の頃から発揮されてたの?

 

 

 ありがとう~! そうだね、中学生の頃、親が作ってくれたお弁当が茶色で(笑)、キレイなお弁当に憧れて、自分で作るようになったのが最初かな。レシピは考えてないけど、見た目重視で。美味しそうに見せるには、何をどう入れていったらいいか、構成を考えてた。

 今でも、自分のレシピのアイデアは、まず見た目が思い浮かぶの。それを再現するためにどうしたらいいかっていう順番で、作り方を考える。

 

 

ポエムイベントでのベジメニューたち。

ポエムイベントでのベジメニューたち。

 

_まずビジュアルなんだね! 学校を卒業した後は、料理関係の方面に進んだの?

 

 

 ううん、料理を仕事にしようとは思わなかった。美容専門学校に行って、それから東京で美容師として働き始めた。ビジュアル重視、っていうところでは、つながっているのかも。キレイなものが好きだったし、すごく楽しくて、ずっと続けたかったんだけど、サロンで使うケミカルが原因で、顔や全身スキントラブルになっちゃって。いったん辞めてから、また戻ったんだけど、やっぱりダメだった。それで、ブライダルのヘアメイクに転身して。ゼクシィの雑誌撮影用のヘアメイクとかね、これも楽しかったな。

 そんな中、たまたま共通の友人を通してソラと知り合って。結婚して彼の故郷の長野、松本に住むようになった。

 

 

_お仕事絶頂期に東京から松本へ引っ越して。そこでも、美容師の仕事を続けてたの?

 

 

 うん、しばらく田舎の美容院で働いたんだけどね、やっぱり、自分のやりたいこととは違うなって。

 

 

_好きな仕事をしてたのに、身体的に続けられなかったり、結婚して別の職場に変わっちゃったり、その時々で、葛藤することもあった思うんだけど……。

 

 

 そのときは、絶対美容師じゃなきゃだめって思ってて、そこにしがみつきたかったんだけど、結局、自分のやりたいことは変わってもいいっていうか、あきらめる勇気も大事って気づいた。 また別のやりたいことが見つかって、それがまったく違うことだったとしても、絶対つながってるものだから 。

 実際、松本の美容院を辞めてからも、違う仕事を見つけて。インテリア系のお店でのアルバイトだったんだけどね。お店のディスプレイとかが楽しかった。やってることは違うけど、これも“キレイなものが好き”として、つながってるな。

 

 

_ヒロちゃんとソラくんと言えば、“旅”がキーワードだけど、二人はどれくらい旅に出てたの?

 

 

 ワーホリも入れると、4年半くらいかな。

 

 

_もともとヒロちゃんも、旅が好きだったの?

 

 

 わたしは全然、旅に出るようなタイプな人間じゃないんだけど(笑)、ただソラが行きたいって言うから、ついていったような感じ! それまでに行ったといえば、韓国で1,2週間旅行したくらいだし。

 

2009年、ネパールにて。 田舎町で小学校を訪問。

2009年、ネパールにて。
田舎町で小学校を訪問。

 

_じゃあ、本格的にお金貯めて、さあ行くぞ! ってなった時、ヒロちゃん的にはどんな想いがあった?

 

 

 不安もあったけど、単純に、楽しみだったな。仕事しなくてもいいし、いろんなとこに行けるし! 自分で決めてないから、受け身なんだけど。

 最初はなるべく飛行機を使わないで行こうってことで、大阪から船で韓国に向かった。でも船に乗った瞬間、不安になったよね。アナウンスで日本語とか流れないし、「ああ、来てしまった!」って。

 

 

_そうなんだね! 実際、現地に着いてからはどうだった?

 

 

 韓国は一回行ったことあったから慣れてたんだけど、中国に入る時がすご~く怖くて。一番最初の街でも、宿も何も決めてなくて。しかも着いたのが夜でさ。自分たちがどこにいるのか、二人ともわからなくて、次の日の昼くらいまでわからなくて(笑)。船から降りてバスに乗って、目的地に向かってたつもりが、全然違うところに行ってて。夜の11時くらいに泊まるとこもなくさまよって、「どうしよ~!!」って。

 

 

_いきなりサバイバル!! その後どう切り抜けたの?

 

 

 いちおう、宿らしきところは見つけたんだけどね。でも結局そこ、宿じゃなくて。

 

 

_怖い! なんだったの?

 

 

 いや、そこにいたおじさんが、自分の宿みたいなとこに連れて行くから車に乗れって言われて。現地っぽいカップルもいたからさ、大丈夫かなって。その子たちも一緒に車乗って、アパートの一室みたいなとこに連れて行かれて泊めさせられて。めちゃめちゃいい人だったんだけど、連れ込み宿みたいな感じだったのかな、今思えば。

 

 

_いや~、旅の醍醐味だね!

 

 

 だね(笑)。その頃にはけっこう度胸はついてたかも。でも、一人だったら絶対無理だったな。モンゴルなんかで女の子一人旅してる子とか会ったけど、すごい尊敬する。

 

 

_そうかあ、そこからはどういうルートだったの?

 

 

 韓国~中国、それからモンゴル行って。また中国に戻ってから、東南アジアに下って。後はオーストラリアでソラがワーホリしてて。その後はネパール、チベット、インドかな。

 

2008年、ネパールにて。 人混みにまぎれて。

2008年、ネパールにて。
人混みにまぎれて。

 

_すごいね! どこの国が特に印象的だった?

 

 

 モンゴルかな。旅の最初の方だったし、すごく新鮮だった。フブスグル湖っていう、バイカル湖からつながる湖があるんだけど、そこに行くのには、ウランバートルっていう首都から乗り合いバスで17時間とかなんだけど、12人乗りのバスに、普通に24人とか乗せられてね。ドライバーさんがウォッカを煽りながら、他のドライバーと競争したりしてて(笑)。凍りついちゃったけどね。

 首都のウランバートルは近代化されて、人が追いついてないような感じだったし、けっこう怖い街だったんだけど、田舎の方はすっごくキレイで、人も全然違った。言葉も通じないし、コミニケーションは自分がちょっと覚えたモンゴル語だったりするんだけど、あとは自然と心で通じる、みたいなね。

 

 

_忘れられない光景とかはあった?

 

 

 フブスグル湖はほんと透明で、真っ青で、周りにもずどーんと草原が広がってて。言葉では表せないくらい。そこを馬に乗って何日かまわるツアーに参加して。ツアーガイドも英語をしゃべれないから、ただついていくだけなんだけどね。その人が紹介してくれた家族たちのゲル(遊牧民の移動式住居)に泊めてもらって。そこの子供たちが近所の山に連れてってくれたりとか、今でもすごく印象に残ってる。

 

2007年、モンゴルにて。 3泊4日かけて馬でフブスグル湖をまわった。

2007年、モンゴルにて。
3泊4日かけて馬でフブスグル湖をまわった。

 

_旅先での料理はどうだった? 触発されたものはあった?

 

 

 ソラがビーガンになってからは、台湾料理とかかな。模擬肉っていうのがいっぱいあって、魚に見立てたり、お肉に見立てたり、それがヘルシーなのかどうかはわからないけど、とにかくたくさんあって、「すご~い!」って。台湾とか中国の食堂って、おかずがズラ~ッと並んでて、そこから
好きなものを選ぶんだけど、それが全部ビーガンだったりしてね。日本ではそういう場所なかなかないから、かなり感動した。

 ソラもわたしも、もともとはお肉大好きだったから、今ももどき料理というか、ビーガンじゃないものからインスパイアされたものを作るのが好きなんだ。

 

 

_ソラくんがビーガンになるって言ったときって、衝撃だった?

 

 

 ショックショック、衝撃だった~!! わたし、卵を使う料理とか大好きだったから。最初ベジタリアンになって、そこからビーガンっていうワンクッションがあったんだけど、ベジタリアンなら卵料理できるし、いいやって思ってたんだけどね。「ビーガン、卵使えない、一体何食べんの!?」って。
 最初のうちはいろんなレシピ見てその通りに作ってみるんだけど、自分の想像力が全然働かないから、作らされてるみたいで、あんまり美味しいものができなくて。結局、自分で作ってみたいものを最初に思い浮かべて、そこからクリエイトしていくようになった。
  でも、野菜炒めとかサラダとか でもそれじゃ寂しいし、 っていうときにネットで調べてて、ビーガンカキフライを見つけて、おお!って思って、自分なりに改良しながら、作ってみた。
 たぶん日本にいたらビーガン食材ってなかなか手に入らないと思うんだけど、海外だと色々あって、味付けするにもニュートリショナルイーストとか、キヌアとかもあるし。フラックスシードでとろみをつけたりね。色々遊び甲斐があったりする。

 

2008年、オーストラリア ビーガン生活のきっかけをくれた、友人でアーティストのベッロ氏宅でのホームパーティー。

2008年、オーストラリア
ビーガン生活のきっかけをくれた、友人でアーティストのベッロ氏宅でのホームパーティー。

 

_ヒロちゃん自身はビーガンにはならないんだよね?

 

 

 うん、わたしはすごい貧血で、魚を食べないといけないの。単純に、お魚が好きだし。

 

 

_ビーガンじゃないからこそ、ヒロちゃんならではのレシピが生み出せるっていうのはきっとあるよね。そんなヒロちゃんにとって、ビーガン料理の魅力って何?

 

 

 野菜がたくさんとれること! 料理にもよるけど、基本的に体に負担がかからないことかな。
ビーガンって、実はけっこうストイックな人が多くて。「みんなビーガンになりましょう!」ってプッシュするのはよくないかなって思うんだけど、基本は、ピースフルな考え方のもとでやってることだから、自分のからだにも、環境にも、ひとにも優しいものかなって思う。

 

 

_いろんなお話を聞いてきたけど、ヒロちゃん自身が一歩踏み出した、“ゼロ→イチ”のターニングポイントはいつ?

 

 

 やっぱり、旅に出たときかな。全部おいて、ゼロから旅に出て、そこですごい解放された気持ちになった。 今の自分が、そこから始まった気がする。

 

ベトナムのハノイにて。 旅慣れてきた頃。

ベトナムのハノイにて。
旅慣れてきた頃。

前回のインタビューを読む

<インタビュー後半では、ヒロちゃんの“海外”と“挑戦”に迫ります!>

About The Author

Star☆tS 編集長 - 言葉の魔術師

兵庫県明石市生まれ。言葉のお仕事師。夢見がちなこども時代、激音と妄想まみれな思春期、販売・事務職など迷走OL時代を経て、大失恋をきっかけに晴れてコピーライターに。2007年、サンタモニカへ移住。2010年、バンクーバーへ移住。ブランディング、コピーライティング、インタビュー記事執筆などの他、絵本、小説、エッセイなど、アーティストとコラボした作品も創作中。最近ぐっときた言葉は「愛は光の速度の二乗」。 カナダ留学エージェンシー カウンセラー

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