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Q_海外は、あなたに何を与えてくれましたか?

A_海外を見て、“自分の好きな生き方をする”と決意。それが人生の選択肢を広げ、自分を強くしてくれた。

 

_留学前に、英語はある程度勉強して行ったんですか?

 

 行く1年前くらいから英会話はずっとやってたんだけど、留学前にハワイに一ヶ月くらいサマーキャンプに行って。ビックリしたね。現地の子供の言ってることがまったくわからなくて。英会話の先生は、日本の生徒さん向けにゆっくり話してくれてたけど、現地の小学生は容赦ない(笑)。だけどそこで臆することはなくて、逆に自分からがんがん話しかけて、現地の子たちの仲間に入れてもらってた。壁がなかったよね。

 

_仲間たちとの会話はどうしてたんですか?

 

 結構、話せないとみんないじってくれるんですよ(笑)。それが単純に嬉しくて、変な言葉、汚い言葉を教えてくれたりして、それを真似して言ったりするとみんなが笑ってくれたり。高校生くらいの頃はそういう言葉が共通のキーワードになったりするからね。Fワードの使い方とかね。あとは音楽も共通語だったな。

 

 

LA時代。ヘヴィメタルバンドAnthraxのScott Ianと

LA時代。ヘヴィメタルバンドAnthraxのScott Ianと

 

_なるほど、“好きなこと”があれば言葉が違っても共感しやすいですよね。高校、大学と数年間をアメリカで過ごし、日本に帰国して就職されるわけですが、日本の社会に飛び込んでみて、違和感は?

 

 すごくあった。けど、日本への違和感というよりは社会人としての違和感だったのかもしれない。毎日同じ時間に起きて仕事に行ってっていうのがまず苦痛だったし、それが一年頑張ったら終わり、っていう世界じゃなくて、その先何十年も永遠みたいに続いてるって考えた時に、もう吐き気がしました(笑)。

 

_それでもそこであきらめず、本当にどうしたいのかを自問自答して行動に移したと。

 

 海外留学をしてたから、何かあったらまたワーホリとか使って海外に行けばいいっていう選択肢があった。そんな半分逃げ場みたいなものを持ってたし、海外を見たおかげで、自分の好きな生き方をするっていうのは確固たるものとして自分の中にあった。それはある意味、強かったのかもしれない。

 

_就職される時も、「自分の好きなことしかやらない」と決めていたとか。

 

 そうなんですよ、今の時代、就職すること自体がゴールになってる人たちが多いよね。でも働く時間って、毎日の中で占めるウェイトが大きいでしょ? そしたらやっぱり自分の好きなことをしないと意味がない。ただ生活のために働くっていうのはありえなかった。だから自分は、就職活動でも、やりたいことができそうな会社しか受けなかった。まず音楽、芸能、それから第二志望で旅行。とにかく好きなことしかしないってハッキリ決めてたから、受からなかったら海外に行こうって思ってた。

 

1998年、speedのPV撮影でアメリカへ

1998年、speedのPV撮影でアメリカへ

 

 

_それで、誰もが知っている大手旅行会社に入社されて。そこで業績を上げた上で、さらに念願の音楽業界、超狭き門であるトイズファクトリーに入社が決まって。久野さん、ご自分で運が強い方だと思われますか?

 

 運と言うよりは、“導き”なんじゃないかな。よく引き寄せの法則とか言うけど、ぼくの場合、まず自分がそっちに向かっていくことで導かれて、その結果そこにたどり着いてる。
 例えば、旅行会社の仕事にストレスを感じているのに、でもあの時に我慢して続けていこうって思っていたら、当然次のステップは起こらない。やっぱり、自分が動いたことで、その方向に向かっているんだよね。だから運があるとかないとかいうより、結局すべては自分で選んでる。
 
 でも多くの人は、向こうから来てくれるのを待っているような感覚なんじゃないかな。自分が向かっていく勇気とチャンスがあれば当然たどり着けるし、それがなければ諦めてたどり着けない。すごくシンプルな話だよね。

 

 

トイズファクトリーを退職。長年担当したゆずとの送別会

トイズファクトリーを退職。長年担当したゆずとの送別会

 

_音楽業界の話もじっくりお聞きしたいんですが、それは著書『LIFE IS THE JOURNEY』を読んでいただくとして……。例えばパートナーに関しても、”導き”に従う、つまり自分のゴールをしっかりフォーカスできた時に現れるものなんでしょうか?

 

どんな人との出会いもそうだけど、自分が求めすぎると出会えなかったり、いい結果にならなかったりする。奥さんと出会った時も、「彼女が欲しい!!」っていう感じではなくて、空白の時期だった。大きな失恋をして、いったん自分をゼロの状態に戻す、自分の立ち位置を固めている時期。つまり自分で探しに行ってたわけではなくて、自然に、出会うべくして出会って、すべてがトントン拍子だった。

 追い求めるというのも行動のひとつとしては大切だと思うんだけど、見返りを求めている時は本当の相手とは出会えない。例えば新しい人と会う時も、変に期待しすぎたりエネルギーを込めすぎると空回りするよね。
 
 だからこそ、もっと自分本位、相手ありきではなく自分が中心となって、自分がこういう風にしたいって決めた時に、それにぴったりの人が現れる。そういうことなんだと思う。
 
 彼氏や彼女が欲しい、結婚相手が欲しいっていうと、つい相手に向かってエネルギーが流れてしまうからズレが生じるんだけど、そういう時こそ自分の方にしっかりと軸を向けること。これはセミナーやなんかでも毎回言ってますね。

 

 

カナダにて、子供達の初登校

カナダにて、奥様と子供たち

 

 

_そういう意味では、シンクロニシティって特別なものではないんでしょうか?

 

シンクロニシティ自体はもちろん存在すると思ってるんだけど、それも欲をかきすぎると起こらないよね。当たり前だけど、自分がその流れに調和するために何をするか。そこに集中する。求めすぎたり、依存しようとせず、エネルギーの矛先を自分に向けて、何をやるべきかをしっかり感じることが大事。その結果、自然と流れにのれる。それがシンクロニシティなんだと思う。

 

_そしてついに「42歳、住所不定、無職」の帯コピーの通り、18年間勤めた音楽業界をすっぱり辞め、ご家族でカナダに移住されるわけですが、その時も不安はなかったのでしょうか?

 

 正直、なかったです(笑)! でも、今は仕事に関して、ある意味、最後の自分ができる社会への貢献、役割を真剣に向き合いたいと思っています。

 

息子と共に23年ぶりに訪れたフロリダの高校

息子と共に23年ぶりに訪れたフロリダの高校

 

_久野さんのように、新しい変化を楽しむコツは何なんでしょうか?

 

 常に自分の中でオプション(選択肢)をいっぱい作っておくこと。これがダメならここっていう逃げ場を作るというか。片道切符でこれがうまくいかなかったらどうしようっていうようなネガティブな考え方はないね。すべては想定内の正解にしておけばいい(笑)。だから例えばカナダに行ってうまくいかなければ、別に日本に帰ればいいわけだから。

 やってみて、よかったらそうするし、違うなって思えば別の方向に進めばいい。自分の中で、悪い選択肢は最初から作らないし、失敗っていうこと自体がないんだよね。A、B、Cパターンとかいう風にいくつかあって、どれを選んでもハッピーな結末になるように自分で演出してるから。そこに関しては、ワクワクしていくことしかないんだよね。

 みんなが新しいことに恐怖を感じるのは、見えないから怖いだけ。想定してないことが起こったら、失敗したらどうしよう、っていうけど、その失敗も最初からプランに組み込んでおけば、そこは不安の要素にならない。むしろ、プランの通りになった、じゃあ次はこうだよね、っていうところで考えてる。

 そうやって失敗することすら楽しめれば、何も怖いものはなくなるんじゃないかな。

 

Q_久野さんにとって、 “挑戦”とは?

A_自分を信じること。それができれば、恐ることは何もない。

 

_バンクーバーに来られて2年だそうですが、すでにいろんなご活躍をされています。その中でも特にワクワクする挑戦は?

 

 日本とバンクーバーをつなげるっていうのが自分の役割と思っていて、やっぱりバンクーバーっていうのは日本人にとってとってもいいところなんだよね。それをもっと知ってもらって、来てもらって、体感してもらいたい。
 
 特に今は子供たちの留学に力を入れていきたい。自分ももともと十代で海外に出たことによって今の人生につながっているから、今の日本の子供たちにも、いかに引き出しや選択肢を増やしてあげられるかっていうのが大きい。

 あとは、時代がすごく変化していってるから、日本という国自体が、グローバルと言われることに対してどう対応するか、その力を培うのはやっぱり教育なんだよね。だからそういう子供たちを一人でも多く育てていくっていうのが、今一番挑戦しようとしてることだね。

 

北米初の日本語ドラマスクール、Global Entertainment Vancouverを開講

北米初の日本語ドラマスクール、Global Entertainment Vancouverを開講

 

 

_なるほど。久野さんにとって、グローバルな人材ってどういうことだと想いますか?

 

 無国籍で、どこの国に住んでるとかそういうことではなくて。世界がつながってるっていうことを意識できる人。それがグローバルな人なんじゃないかな。

 東京だろうがアメリカだろうがヨーロッパだろうが、どこに住んでいても関係なくて、俗に言うコスモポリタンという在り方。だから僕は、子供たちだって住所不定でいいって思ってる。どこの国に住んでいても、自分をしっかり持って、日本人としての誇りを持って生きてる。それが今の生き方なのかなって。

 

_グローバルな人材になりたい、新しいことに挑戦したいっていう若者にたいして、これだけは言っておきたいっていうことはありますか?

 

 まず、行動。そして、世界に出ること。この二つはリンクしてると思うんだけど、それは別に日本にいてもバンクーバーにいても、自分に嘘をつかず、現状に我慢せず、とにかく一個でもやりたいことをやってみてほしい。

 

_久野さんの姿を見て、海外に住んでみたい、働いてみたい、って思う人もたくさんいると思います。そんな人たちに、メッセージがあれば……。

 

<LIFE IS THE JOURNEY  きっと、すべてはつながる!>

 

僕の座右の銘は、「迷わず行けよ、行けばわかるさ!」。人生はたった1回の冒険だから、いっぱい楽しんで欲しい! せっかくだからできる限り違う世界を見て、色々なことを試して欲しい。それが間違いなく自分の知識と経験になっていくはずです。

 

座右の銘の主、憧れのアントニオ猪木と。

座右の銘の主、憧れのアントニオ猪木と。

 

 

_ありがとうございます! 最後に、久野さんにとって、“挑戦”ってなんだと思いますか?

 

 自分を信じるということ。結局、すべてを決めるのは自分。自分を信じられなければその一歩も踏み出せないし、未来に関しても不安が先行してしまったりする。だからこそ、まず自分を信じること。それができれば、あとは何も恐れることはない。

 

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profile:久野浩司
ライフデザイン・プロデューサー
日本の音楽業界で、ゆず、SPEED、BRAHMANなどのアーティストをA&Rチーフプロデューサーとして手掛ける。2010年から恋愛コメンテーターとして「恋愛ライフデザインセミナー」を開催。自身のブログをはじめ、「anan」「週刊SPA!」などの雑誌、TVやラジオで活躍。2014年家族でカナダへ移住。女性向けコンサルタント業務、ライフデザインセミナー、子供の教育分野など多岐に渡るビジネスを展開中。著書多数。

About The Author

Star☆tS 編集長 - 言葉の魔術師

兵庫県明石市生まれ。言葉のお仕事師。夢見がちなこども時代、激音と妄想まみれな思春期、販売・事務職など迷走OL時代を経て、大失恋をきっかけに晴れてコピーライターに。2007年、サンタモニカへ移住。2010年、バンクーバーへ移住。ブランディング、コピーライティング、インタビュー記事執筆などの他、絵本、小説、エッセイなど、アーティストとコラボした作品も創作中。最近ぐっときた言葉は「愛は光の速度の二乗」。 カナダ留学エージェンシー カウンセラー

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