挫折と葛藤の末、教壇に立ってから、見えたこと。

野球を辞めたとたん、時間はあり余った。初めて手にする自由。

趣味もない、情熱もない。遊び方もわからない。何をすればいいのか、どうしたらいいのかわからない。

そして、野球人生を支えてくれた両親への罪悪感。自分を見失ったような、辛い時期が続いた。

 

それでもまだ、野球に対する知識、考え方だけは誰にも負けないという自負があった。

自分の持っているものを、みんなにシェアしたい。自分の想いを、伝えたい。

 

グラウンドに立てなくても、指導者としてチームを率いることはできるはず。

思い立って、高校の先生に電話した。

教職を取れば指導者としてとしてチームに参加できることを確認し、教職を取ることを決意した。

 

とはいえ、自分は勉強なんてしたことがない。

小学校の教科書の感想文すら書けない。何が問題で、何が答えなのかもわからない。

それでも、先生との仲だけはよかったから、あきれられながらも、うまく立ち回って、

単位が取れるように免除してもらったり、何万文字もの卒論さえ、手伝ってもらったり。

 

自分はこんなできない人間、弱い人間だったんだ、と思い知った。

最初の一ヶ月で、胃に穴が空いた。ストレスで、十二指腸潰瘍。

今でも先生達には申し訳ないし、相当情けなかったと思ってる。

 

唯一、自分にできたのは、「どうしたらいい?」と、常に素直に先生に聞いてきたこと。

「俺は勉強ができない。勉強の意味がわからない。でも、その上で、自分はこう生きていきたい」。

自分の弱さと向き合った上で、素直に伝えてきた。そうすると、必ず手を差し伸べてくれる人が現れた。

 

とにかく綱渡りだったけど、自分にできることは、全力でやってきた。

人からは世渡り上手、ってよく言われる。

 

でも、こっちから言わせたら、もうそれしか生きる道がない。今でもそうだよ!

教育実習は、不良漫画のモデルにもなってるやんちゃな男子学校。出身校なんだけどね。。

なんとかここまできたものの、授業なんてどうやってやるのか見当もつかない。

実習初日、なんの勉強せず、教科書さえ読まずに教室の扉を開けた。

教壇に立って、とにかく自分の人生を正面切ってしゃべりまくった。

 

「俺は今まで勉強なんてひとかけらもしてこなかった。その席に座ってたけど、ペンも持たなかった。

でも、今は勉強したいって思ってる。大人はみんな、ちゃんと勉強してればよかったよく言うけど、それが今やっとわかった。お前らも、俺と同じだ。

勉強したくないやつは、しなくていい。したいときにしたらいい」

 

漢文とか、古文とか、よくわからん。ただ、昔の自分みたいなやつらを退屈にだけはさせたくなかった。

結果、生徒の反応は上々。

先生達もビデオを持ってきて授業の様子を撮るくらい、生徒全員が楽しんでくれた。

 

教えるつもりがなかったからできた真っ向の授業。それを、生徒は楽しんでくれた。自分も楽しかった。

だけど、起業もしたことない、人の下で働いたこともない、そんなやつが、生徒に何を教えられる?

人の人生教える前に、自分が人生を学ばないと。そう気付いた。

 

次回へ続く... 前回のストーリーを読む...

About The Author

Star☆tS 編集長 - 言葉の魔術師

兵庫県明石市生まれ。言葉のお仕事師。夢見がちなこども時代、激音と妄想まみれな思春期、販売・事務職など迷走OL時代を経て、大失恋をきっかけに晴れてコピーライターに。2007年、サンタモニカへ移住。2010年、バンクーバーへ移住。ブランディング、コピーライティング、インタビュー記事執筆などの他、絵本、小説、エッセイなど、アーティストとコラボした作品も創作中。最近ぐっときた言葉は「愛は光の速度の二乗」。 カナダ留学エージェンシー カウンセラー

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