運転手兼鞄持ちから、飛び込み営業部隊、そして頂点へ。

教職はとったが、先生にはならない。

そう決めたものの、周りに流されながらの就活は、終始もやもやとした気持ちが渦巻いてた。

 

「なんかしないと……、でも、俺には何もない」

 

焦りと葛藤。こうなったら、親の土木会社を継ぐしかないかと、それに関わる東京の会社を見つけて内定にこぎつけた。

とりあえず2­3年やって、広島に帰ろう。無理やり自分に納得させようとしてた。

そんな時、ある人に言われた。

 

「それ、お前が本当にしたいこと?」

 

その人は超大手生命保険のトップセールスマン。年収三億。当時からお世話になっていたメンター的存在だった。

 

「お前、30までに1000万稼いで、野球なしで立派に生きてる姿を親に認めてもらう、っていう夢があるんだろう。

で、親がいるからとりあえず建設業? そんなんじゃ一生、親さえも越せない。

とにかくお前はまず営業をやれ。俺が紹介するから、そこに行け」

 

言われるままにノックした紹介先の会社は、太陽光発電とオール電化の販売会社。

が、あっさりと「新卒は扱ってません」と言われた。

確かに、営業部隊は誰もが熟練の経験者ばかり。そんな中に突然、なんの経歴もないヒヨッコが放り込まれたようなもの。

 

とりあえずは、と、営業の人の運転手と鞄持ちから始めることになった。研修など一切ない。

運転席で毎日ひたすら営業陣の話を聞き、知識やしゃべり、コミニケーションのマナーを学び、半年後、実践にまでこぎつけた。

運転席を脱出し、配属されたのは飛び込み営業部隊。

 

アポなしの飛び込み訪問は、野球の試合前を思い起こさせた。

プレイボール=チャイムを押す時。

緊張感と恐怖、なにが起きるかわからないワクワク感と興奮。

それでも何より、新しい人と会うのは楽しかった。

 

成果は1­2ヶ月で出始めた。1年経たないうちに主任を通り越して係長に昇進、20も年上の部下がいた。

そこまで自分が急速にステップアップ、チームを率いるに至った理由は、売り上げだけではなかった。

顧客リストや電話アポからの売り上げが低迷している時期に、

まったく興味がない人への訪問販売で実績を伸ばし、道を拓いて会社を救った。

 

興味ない人に興味持ってもらって、買ってもらう……。

技術とか、コミニケーションとか以前に、自分はただ、他の人よりも素直に人と向き合うことができた。

相手の都合やシチュエーションを、まず第一に考えた。

「あなたにとって、この商品がいいのなら買うべき、そうでないなら買わなくていい」。

 

単純に、必死になって無理やり捕まえて買わせるのは、自分が客だったら、嫌だから。

部下を率いるようになってからは、絶対断られない販売方法を体系化し、伝えた。

通常、何十件、何百件も回るべきとされていたところを、1日1時間しか回らない。

ただし、この1時間に3件だけ回れ。全精力をその3件に注ぎ込め。

自分が培ってきた営業のメソッドを詰め込んだ。

 

これが功を奏し、チームの売り上げが急上昇。訪問販売の概念を変えた、という自負があった。

全国トップまで昇り詰めるのに、そう時間はかからなかった。

 

次回へ続く... 前回のストーリーを読む...

About The Author

Star☆tS 編集長 - 言葉の魔術師

兵庫県明石市生まれ。言葉のお仕事師。夢見がちなこども時代、激音と妄想まみれな思春期、販売・事務職など迷走OL時代を経て、大失恋をきっかけに晴れてコピーライターに。2007年、サンタモニカへ移住。2010年、バンクーバーへ移住。ブランディング、コピーライティング、インタビュー記事執筆などの他、絵本、小説、エッセイなど、アーティストとコラボした作品も創作中。最近ぐっときた言葉は「愛は光の速度の二乗」。 カナダ留学エージェンシー カウンセラー

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