花も、鳥も、人も、海も。彼女が切り取る世界のかけらは、温かく、どこか切なく、見る人の心に染み込んでいく。微笑みと一緒に涙がこぼれそうになるのは、その写真たちが、被写体の真ん中にある“いのち”を見せてくれるから。そして誰よりも実香子さん自身が、その美しさと哀しさを知っているから。

 

表現すること、伝えることを通して

呼吸をするように、いつも何かを表現していた。ピアノの音にのせて、キャンバスに絵筆を走らせて、“伝える”。言葉にできない想いを形にすることで、生きている気がした。そしてまた、受け取った人が何かを感じてくれることも嬉しかった。そんな子ども時代を経てきた実香子さんが表現することから遠ざかったのは、大学に入ってからのこと。仕事をするためにプログラミングの大学に通ったが興味が持てずにいた。それでも「夢を追うなんて、甘いこと言ってられない」と、盛岡にあるソフトウェア開発会社に就職。プログラマーとして働き、自立した生活を送りながらも、「何かが違う」「どこか虚しい」…、そんな想いで過ごす日々が続いた。2005 年、縁あってカナダのビクトリアへ。英語を勉強しながら、語学学校のスタッフとして働き出した頃、ふとしたきっかけでカメラと出逢った。乾いた大地に水が染み込むように、実香子さんはすぐに夢中になった。「楽しい!もっと、もっと撮りたい!」。新しい表現方法を見つけた心は、喜びに叫んでいた。

“自分のための写真”から、“誰かのための写真”へ

ある日、日本の母から1本の電話が入った。「お父さんの具合が悪いみたい」。急いで帰国し、病院のベッドで横たわる父親の元に駆けつけた。余命1ヵ月。今までに感じたことのない感情が、実香子さんの全身を支配した。「でも、一番辛いのはお父さんなんだから…」。哀しみを表に出すことなく、平常心を装った。そんな時でも、写真を撮る瞬間だけは息ができる気がした。1ヵ月後に父親を看取った後も、母親と共に自営業だった父親の仕事を片付け、母親を支えるために気丈に振る舞った。しかしカナダに戻った途端、心にぽっかりと、大きな穴があいた。哀しみ、孤独、淋しさ、自分の内に渦巻く感情を誰かに説明するすべも気力もないままに、写真を撮り続けた。花や風景に向かってシャッターを押すことは、自分の内面を投影し、解放すること。そしてそれを見た人が何かを感じてくれることもまた、実香子さんの苦しみを癒してくれた。「それでも、人の写真だけは撮れませんでした。家族も、友人も、父の写真も。向き合うのが怖かったんです」。そんな時、友人に「ウェディングの写真を撮って欲しい」と依頼された。1件目は迷いなく断った。2件目も「申し訳ないな」と思いながらも「No」と言った。そして、2011年3月、東日本大震災。実香子さんの地元は宮城県の気仙沼市。母親とも連絡がつかず、次々と流れるニュースの映像に呆然とするしかなかった。ショック過ぎて何も入って来ない、見たくない、聞きたくない…。CM に変わる瞬間、1枚の写真が映し出された。被災地で立ち尽くす1人の老人の姿。一瞬のことだったが、強烈な印象があった。「その写真のおばあちゃんの顔を見た時、何とも言えない気持ちが伝わってきて…。初めて、『人を撮るって、いいかもしれない』って思ったんです」。今まで自分のためにやってきたように、誰かの孤独を、感情を、写真を通して代わりに伝えてあげたい。そう思えた最初の瞬間だった。ほどなくして、また別のカップルからウェディング撮影の依頼が来た。彼らは言った。「失敗してもいいから、挑戦して欲しい。『できない』っていうところから抜け出して欲しい」。3件目の依頼を、実香子さんは承諾した。

やっと出逢えた夢と共に、未来へ

事前に何度も撮影技術を研究し、練習を重ね、挑んだ最初の撮影。「緊張して、失敗もしたけど、すごく楽しかった! 何よりも2人に喜んでもらえたことが嬉しくて」。壁を壊し、大きな1歩を踏み出した瞬間だった。その日から実香子さんは、レンズ越しに人と向き合うようになった。結婚式や家族写真、撮りたいのは、ポーズを決めた静止画ではなく、その人の“本当の瞬間”。「写真は、記憶を開ける鍵なんです。結婚式の写真を、まだ会ったことのない子どもや孫が見て、過去と未来が繋がったり、幼い頃の家族写真から、両親がどんな眼差しで自分を見つめていたかを発見したり…」。交わされた愛情の証、傷付いた心を癒すきっかけ。そんな写真を撮り続けることで、誰かを幸せにしたい。暗闇の中で、ずっと探していた道が今、実香子さんの前にある。彼女は今日も、シャッターを押しながら、被写体に恋をする。一人ひとりの中にある、宝石のような輝き。いくつもの輝きが反射して、この世界はできている。その美しさを、哀しさを、誰かに届けるために。

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ウェディングフォトの1枚。「その人の想い、その声になって、大切な瞬間を記録してあげたい」

Interview

— 人物撮影をするのは、もともと苦手だったんですか?

実香子:人見知りなので、人にカメラを向けることにすごく抵抗があって。何を言われるか、どう思われるかが怖かったんです。写真はあくまでも自分を表現する手段、自分を癒すために必要なものでした。でも震災のニュースで見たおばあさんの写真をきっかけに、何かが変わりました。自分が辛かった時期があるから、誰かが1人で泣いているのを、放っておけないんです。だから写真を撮ることで、苦しんでいる誰かを少しでも助けてあげたい。きれいなものだけではなくて、哀しみ、苦しみ、切なさも、幸福と同じくらい大事にしながら、その人を少しでも楽にしたり、過去と未来を繋ぐような写真を撮りたいと思っています。

— フォトグラファーとしてやっていくことに葛藤があったようですが…。

実香子:大学や会社では、自分の本当の声を無視し続けていました。「夢で食べていくなんて無理に決まってる」と。更に父が亡くなって、震災もあって。「母のために稼がなきゃ!」という想いがありました。でも母は、「お母さんは大丈夫。それより自分が年をとってからもイキイキ生きていけることをやりなさい。世の中ってこんな風に、ある時全部なくなったりする。だからあんたが本当に好きなことをしなさい」と言ってくれました。そこで迷いが吹っ切れた気がします。

— そこから夢と向き合ってきたんですね。

実香子:人を撮り始めて気付いたのは、本気で向き合わないと、良い写真は決して撮れないということ。技術、ギアの知識、人間としての在り方…。色んな人が色んなカメラを持っているけど、写真は心を通して撮るもの。自分が魅力的でなければ素敵な写真は撮れないし、相手に心を開かないと人は撮らせてくれない。だからこそ、人生を賭けて撮り続けて、人間としても成長できたらすごく素敵だなって。そう思えたら、急に夢がハッキリ見えたんです。「人生に一度くらい、めちゃくちゃ好きなことをした方がいい!」って。

— 大震災以降、写真を撮る感覚に変化はありましたか?

実香子:震災の時は、ショックで何もできないような状態でした。だけど、震災の後、瓦礫をかきわけてアルバムを探す人がたくさんいて。写真って大事なんだ、と改めて感じました。思い出は消えないけど、いつか記憶からこぼれ落ちてしまうような日常の触れ合いや感情、些細なことが本当は大事だったりする。写真で残せたら、いつか忘れてしまってもまた思い出せる。かっこいい写真やファッション撮影にも憧れるけど、私は、その人の瞬間がぎゅうっと入っているものを撮っていきたいんです。

— 今は、どんな風に人物写真を撮っていますか?

実香子:最初はすごく緊張していたんですが、ひとつ得意なのは、人の良いところを見つけること。自分なりに向き合って、感じて、その人の仕草や気持ち、何か好きところを見つけた瞬間に、緊張がほぐれて、「あ、ここも、ここも撮りたい!」って思う。だから、誰かを撮った後って、撮る前よりも好きになっちゃう(笑)。カメラを通じて、良い写真を撮る技術っていうだけではなくて、人との向き合い方、自分の生き方も成長できる、そこが本当に面白いです。

— 実香子さんの夢は何ですか?

実香子:いつか、世界中の結婚式を撮りに行きたいです。色んな国で、色んな文化を持った人たちの、特別な1日。それぞれ違っていながらも、必ずどこかは共通していそう。それが何なのかを知りたい。あと、日本をすごく撮りたいです。自分の国を、カメラを通して見て、知っていきたい。夢って、必ずみんなにあって、でも探す人にしか見つからないものだと思う。叶えたい夢はたくさんあるけど、そこに辿り着くまでも幸せで、今見えている景色もすごく好き。だから、夢は見た方がいい、そしてその夢に一生懸命生きた方がいいと思います。

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家族の自然な表情をとらえられるのは、「いつも被写体に恋してしまうから」

※この記事は2013年 7月下旬号「Oops!」に掲載されたものです

 

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千葉 実香子(ちば みかこ)

1981 年10 月15 日生まれ

宮城県出身

Mikako Chiba Photography のサイト

http://www.mikakochibaphotography.com/

Facebook でも実香子さんの作品が楽しめる

https://www.facebook.com/mikakochibaphotography

About The Author

Star☆tS 編集長 - 言葉の魔術師

兵庫県明石市生まれ。言葉のお仕事師。夢見がちなこども時代、激音と妄想まみれな思春期、販売・事務職など迷走OL時代を経て、大失恋をきっかけに晴れてコピーライターに。2007年、サンタモニカへ移住。2010年、バンクーバーへ移住。ブランディング、コピーライティング、インタビュー記事執筆などの他、絵本、小説、エッセイなど、アーティストとコラボした作品も創作中。最近ぐっときた言葉は「愛は光の速度の二乗」。 カナダ留学エージェンシー カウンセラー

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