photo by NORIKO TIDBALL

 
 
 

_明日はいよいよ、初の北米パフォーマンス(2016年10月)。バンクーバーのお客さんを相手に、どういう想いを表現したいですか?

 

ひとつひとつ、それぞれの作品の世界観が、お客さんの中でどういう風に広がってくか、というのはいつも未知数。ただ、いつも使っている言葉が、いつもとは違う感覚で聞こえる、違う風景が見える、そんな体験を提供できたらと思ってます。
 
一人一人の根っこの深いところと語りかけるという感じなので、一人でも、お友達と一緒でも、気楽に来てもらえたらうれしい。

 

観客を巻き込み、こころを掴むことで、ステージとの境界線を消すことからパフォーマンスは始まる

 

_ステージの上から、「根っこのふかいとこ」に語りかける時に、なにか意識してらっしゃることはありますか?

 

いちばん寂しくて、何もわからない頃の、3、4歳くらいの“自分”が話しかけるってことは忘れないようにしてる。子供の自分が、同じくらいの子供を相手に語りかける感覚。そこは絶対に、信じていないと、繋がっていないといけないんです。でないと、ただの司会になっちゃう。
 
だから、意識は常に、“そこ”にある。“そこ”に会いたいから。“そこ”が、それぞれの人の、いちばん深い根っこだから。

 

_滝弥さんが詩で表現されているのも、人間の、ものすごくカッコ悪い、悲しい、でもどうしようもなく愛おしく美しい部分だと思うんです。どろどろでぐちゃぐちゃのカオスだけど、その中に、ひとしずくの光が絶対的に輝いてる。誰でも人間としてその輝きを持っているから、滝弥さんのパフォーマンスを通して、“そこ”と通じ合えるのかなって。

 

そういう役割が少しでも担えたらいいなって思うし、なんかね、どんな人間だって、美しいからね、ある瞬間は。それをちゃんと、提示したいって思う。美しいものを、美しいまま。
 
実はそれって、ふだん、なかなか気付かないこと。
 
何か特別なことを「こうだ!」って言う前の段階、もしくは、言った後の時間。みんなが今囚われている瞬間じゃない瞬間が、広がっている、もしくは足元にたたずんでるってことに気付いてもらえたら、同じ時間の連続の中なんだけど、全く違う感じ方が生まれる。そこから、びっくりするくらい楽になったり。
 
人生なんて結局、どう感じてどう生きるかだけだから。自分が伝えたことで、見ず知らずの人が楽になったり、個人的な変化が一人一個でもあれば、世界は簡単に変わる。
 
「世界、変わった!!」って言い切れない、微妙なとこを変えていってるのかもしんない。マスコミがスローガンで「詩人が世界を変えた!!」とか、バレたらダサいかなあって。「知らない間にみんな変わってる~」みたいな。それが「実はわたしの仕事です~~」って。世界平和って言った時点でバレてるから、バレないようにやらなきゃ。
 
「好き」って直接言わないけど、その人をもっと「好き」って表現したいってとこかな。ステージでは、そういうところに行きたいですね。

 

言葉の壁を越えて、ひとつになる瞬間

 

_まさにそのために、滝弥さんは詩を書いてるのかなって。

 

そうですね。あとは、ちっちゃいときからの素朴な疑問から。「なんで生まれてきて、なんで生きて死ぬのか」。わかんないことだらけじゃないですか、それがいまだにわかんないから、やってる。

 

_小さな頃からの、「生まれてきてよかったのか」という疑問の答えは、詩を書き続けることで、明らかになったんでしょうか? それとも答えのないまま、探し続けているんでしょうか?

 

自分の奥にある、「死にたい!!」っていう、ものすごく個人的な欲求に対して、忠実に素直に体当たりはし続けてる。そんな中で、うまく言葉では言えないけど、「こっちかな?」ってのは、手探りで感じてる。

 

_詩は、毎日書いていらっしゃるんですか?

 

そうですね。運動と一緒なんでね。さぼると、体が思うように動かない。好き嫌いではなく、感覚が鈍らないように動かしてます。筋肉みたいなもんですね、これは。

 

_滝弥さんの生き様そのものが詩という感じがします。それを写し取るために紙と鉛筆があるような……。

 

ああ、そうそう。そうだね。忘れちゃったらおしまいだから。

 

_その瞬間に感じたことを、写すために?

 

そんな感じかな。でないと忘れちゃう。
 
なんでこんなこと書いたのかっていうような、わけわかんないフレーズとか、後で発見すると、「まったく意味ないな! 無駄だなあ!!」って、なんか元気になるんですよね。
 
メモの端っこに、「ちょっとしたブス」とか書いてあって……。「ちょっとしたブスってなんだよ、失礼な!!」とか(笑)。書いては忘れるんだけど、後で見るのが、すっごいおもしろい。「馬鹿だなこいつ!」って。
 
「もっとがんばろうよ!」とか、「仲良しだよ、ごめんね」とか、そういうわかりやすいことじゃなくて。「何しゃべってたのか思い出せないけど、なんか楽しかったよね、あの時の会話」みたいな。
 
伝えたいのは、トーンなんだよね。思想とかでなくて、トーン。あるばあさんがいて、生きて、死んだ。その一生のトーン。息遣い。文章でいうと、文体。
 
きっと、今ここ、バンクーバーの、この瞬間だからこそのトーンって、絶対にある。そういうのが好きだから、嗅いでいたいし、残していきたい。それでたぶん、一生終わっちゃうんじゃないですかね。

 

最終日は、かつて日本人街があったエリアでのパフォーマンス。歴史と今が “詩”によってつながり合う

 

_滝弥さんにとって、言葉とは?

 

言葉とは……、武器? すごく頼もしくて、ときどき扱いづらい。使いようによっては、面倒くさい。大失敗にもなる。人間と人間との関係って、まず言葉で切り込んで、創られていくものだし。

 

_滝弥さんにとって、愛とは?

 

ストレートですね~!! 愛ですか~。いいもんじゃないですか、すごくいいもの。面倒くさいけど、いいもの。
 
愛するって、ほんと幅広いバリエーションがあるんで、「愛してるよ!」って、わかっちゃいけない愛し方もあるし、わからなくてもいいけど、愛したいとかもある。人を愛するって、いろんな方法があるんだなって、その年ごとに、学んでばっかり。今もね。

 

_先月(2016年9月)に出版された『メオトパンドラ』では、夫婦というものを新しい切り口で捉え、詩とストーリにしていらっしゃいます。滝弥さんご自身もご結婚されて(奥様は講談師の神田京子さん)、お子様も生まれようとしていますが、滝弥さんにとって、夫婦とは? 『メオトパンドラ』を作りながら、感じたことはありますか?

 

結婚生活って、全く違う価値観で、まったく違うことをやろうとしてる人が、となりにいるわけでしょ。常に、何をやらかすかわかんない、心休まる暇がない。けど、そこがおもしろい。夜中に急に模様変え始めて、「ええ!! 今から?!」みたいな(笑)。
 
ステージと同じで、何が起きるかわからない。明日、彼女がそうしたいって言ったらそうなっちゃう。「なに言ってんの~!?」って言いながら、それを楽しんじゃう。で、巻き込まれたくないとこは、早めに逃げる(笑)。
赤の他人と長いこと一緒にいて、一緒に大きな決断して。そんな風に、何十年も一緒にいるって、みんな、すごいよね、自分もふくめて。

 

2014年 福島/震災仮設住宅集会所でのパフォーマンス 講談師/神田京子と

 

_ちなみに、ご結婚されたきっかけは?

 

「一緒に住むか」って時にご両親に挨拶に行ったら、「同棲するなら籍を入れな」って言われて。でまあ、「結婚かあ~、ちょっとおもしろいかも!」って、籍を入れてみました。あんまり先のことは考えずに、おもしろそうかどうかってとこで。子供も生まれちゃうけど、「それもおもしろいんじゃない?」って。深く悩んでも一緒じゃん?  おもしろいもの、好きなものは、その時々でいい。どっちかって言うと逆に、「これは嫌だ」ってのは、はっきりさせといた方がいい。
 
若い人に言いたいのは、「好きなことを見つけるより、嫌いなことをはっきりさせといた方がいい」ってこと。自分も消去法で、「毎日同じ場所で働きたくない」とか、いろんな要素を消していったら、いつの間にか詩人になってたからね(笑)。

 

_最後に、これから何かに挑戦していきたい、踏み出したいという人へ、メッセージをお願いします。

 

自分の可能性を広げるのも狭めるのも、自分次第。でもね、それぞれ、そのまんまでだいぶオッケーなんだよ。あとは、それを生かすも生かさないも、あなた次第。
 
何やってても、いいんで。「こうしなきゃいけない」とか、人の目を気にして選んだ決断なら、もうやめちゃえばいい。一生ひきこもりだって、全然いいんです。役に立ってない人間なんていない。
 
だから、「とりたてて今、何にもないけど、なんかしたいな~って思ってるし、あればいいな~って思うし、でも毎日疲れるし、あーなんか気持ちいい朝もあるし、ほっとする夜もあるし、懐かしい友達もいるし、そんなこといってる間に腹減ってきた~、ってか、なんかまあ、こんな人生っていいよね」、ってことです。

 

_なるほど!! なにが「なるほど」なのか、文字では再現しづらいですが……。実際に会場に来て、それを感じてくださいと。

 

(笑)そうなんです。
 
もうね、空気感なのよ。「これがどうでした」って、説明できることやってたら、「じゃあ、それただ読んでりゃいいじゃん」ってなるんで。“この感じ”を、ライブじゃないと味わえないでしょ? 俺のノリと、あなたのノリが混じった“この感じ”。なんとも言えないんだけど、なんかやめれない、ってとき、あるじゃない。かさぶたはがすまでやっちゃって、「あ!きれいにはがれた!!」みたいな。

 

観客を巻き込んでの詩の朗読。同じ詩も関わる人によってまったく違って聞こえるのが不思議

 

_わたしたちStartSのテーマは“挑戦”なのですが、滝弥さんも今回、北米初ライブということで、常に新しいこと、おもしろいことに挑戦していらっしゃると思います。
 
滝弥さんのこれからの挑戦は?

 

とにかく頭に浮かぶものをどんどん形にして、おもしろい形で届けたい。
 
詩の業界ってちっちゃいから、自分が広げてこうと思えばガンガン広げていける。そういう意味では、詩を使って、現実世界をどう作っていくか、出逢っていくかが大事だよね。
 
今回、まったくバンクーバーのことを知らずに来たわけだけど、来てみたら大好きになって、人と繋がって。それを繰り返してけば、もっともっと広がっていく。
 
先週まで知らなかった街でも、知ってる人が一人でもいると、距離感がなくなる。ニュースで見ても、知ってる景色がでたら、他人事じゃなくなるよね。
 
「ネットで見れるじゃん」っていうことじゃなくて、自分の足で旅に出て、出会う、ということ。その出会いの中で生まれたものを、それを感じてくれた人が、僕はもうそこにいないけど、僕を持って生きていってくれる。僕もまた、いろんな人の人生をもらって、生きていく。そっから生まれるんじゃないかな、言葉って。
 
その場で、「わかりましたか?」「わかりました!」ってことじゃなく、「これ、どういう意味なんでしょうね?」って、お互いに語りかけて、その場で答えが出なくてもいい言葉って、いっぱいある。
 
言ってみれば、自分の言葉が本当の意味で力を持つのは、自分が死んでからなのかな。だから、詩は、自分が死んでから生まれてくる子供に、手紙を書くような気持ちで、やってる。
 
日々の中で感じたことや、書くに足らないような、「こんなのどうするのよ」っていうものまで、書き留めておこうって思う。それが、詩だから。

 
 
 
 

「生き際について」

我が子よ

おまえは生まれました

産まれてきたくなかったかもしれませんが

おまえはこの世にやってきました

 

息子よ

どんな世界が見えますか

そこには風が吹いていますか

涙はやっぱり苦いですか

 

娘よ

わたしの声が聴こえますか

いつかおまえは恨むでしょう

そしてだれかを愛するでしょう

 

わんぱくよ

泣いてはだめですよ

どうしても我慢できないときは暗がりで

でも決して気持ちよくなったりしないように

 

おてんばよ

傷つくことはよいことです

残酷な己と握手なさい

美しくなって救いなさい

 

迷う子よ

花は咲いていますか

鳥はうたっていますか

こんなはずではなかったと怒りにまかせて引き裂きますか

 

見知らぬ子よ

ごめんなさい

だけどあなたは間違ってはいない

死ぬな

 

捨てられた子よ

ありがとう

だからきみはいつも正しい

生きろ

 

すべての子よ

地に根を張り天を仰ぎ

海に向かって叫びなさい

バラバラの方角を目指して出会いなさい

 

ひとりの子よ

笑いなさい

ひとりぼっちを喜びなさい

そうしてすべてと繋がりなさい

 

子よ

命よ

魂よ

輝きなさい

 

光の子よ

生まれましておめでとうございます

いつだってわたしはそばにいます

さようなら

 

いってらっしゃい

 

(初出…2013年、CDブック「タイムカプセルズ2012」)

 
 
 

《前回のインタビューを読む》

 
 
 

Profile 桑原滝弥 くわはらたきや

詩人。1971年、三重生まれ。
演劇・音楽・パフォーマンス活動を経て、1994年、詩作を開始。 処女作『えりなのプロフィール』は、新潮文庫『あなたにあいたくて生まれてきた詩 / 宗左近・選』に収録。 以降、「あらゆる時空を” 詩 “つづける」をモットーに、紙誌、舞台、映像等、様々な媒体で作品を発表。詩人・谷川俊太郎との競演イベント『俊読』(全国開催)や、言の葉Tシャツの製作などの企画も多数手掛ける。海外での活動や、妻の講談師・神田京子との詩芸ライヴ、他ジャンルとのコラボレーションも積極的に展開。東日本大震災被災地の歌『たしかなる風 ~ふるさと久之浜~』を作詞(作曲・谷川賢作)。著書に詩集『花火焼』(にこにこ出版)、写真詩集『メオトパンドラ』(写真家・キッチンミノル共著/FOIL)ほか。
 

「桑原滝弥・情報ブログ」
http://shijinrui.blogspot.jp/

About The Author

Star☆tS 編集長 - 言葉の魔術師

兵庫県明石市生まれ。言葉のお仕事師。夢見がちなこども時代、激音と妄想まみれな思春期、販売・事務職など迷走OL時代を経て、大失恋をきっかけに晴れてコピーライターに。2007年、サンタモニカへ移住。2010年、バンクーバーへ移住。ブランディング、コピーライティング、インタビュー記事執筆などの他、絵本、小説、エッセイなど、アーティストとコラボした作品も創作中。最近ぐっときた言葉は「愛は光の速度の二乗」。 カナダ留学エージェンシー カウンセラー

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