第二回 髙橋梨紗 音楽家/monaRisasmilesの

“原点” と “ゼロ→イチ” ポイント

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photo by Mikako Chiba

多彩なジャンルで活躍するRisaちゃんの “原点”は?

「自分は、音楽では成功できないのかな?」って苦しんだ時期があった。そんな時、わかったのは、わたしの幸せは、人生の中で、一人でも多くの人に影響を与えること。「じゃあ、ツールはなんでもいいじゃん!」って気づけた瞬間、楽になった。

_『Star☆tS』でも“monaRisasmiles”として、多彩な動画をUPしてくれているRisaちゃん。音楽家としてステージに立ったり、メイクアップやファッションコーディネートで女性が自分の魅力を発見するお手伝いをしたり、はたまた最近はファイナンシャルの勉強とお仕事をスタートしたり。活動がすごく幅広いよね! このインタビューではまず、その人の“肩書き”を聞くんだけど、Risaちゃんの肩書きって自分ではなんだと思う?

 

なんだろう! インフルエンサー、人に影響を与える人?(笑) 

 

_たぶん、やってることのすべてが人に影響を与えてると思うんだけど、まず、音楽家としての活動について。4月も、指揮者のコンクールのために日本に帰国してたんだよね。

 

うん。東京カンタート主催の、「若い指揮者のための合唱指揮コンクール」。世界で活躍する指揮者たちが集まってくるんだけど、審査員は皆ヨーロピアン。ノルウェーやオーストリア、ラトビアの先生たちだったから、英語やドイツ語で話して。

 

_たくさんの候補者の中から選ばれて初めて、このコンクールに参加できるんだよね?

 

第一審査は、DVDと履歴書応募。そこでふるい落とされて、選ばれた12人が東京に集まるの。日本で活動している人はもちろん、ヨーロッパでがんばっている指揮者もいて。

 

_当日は、どんな感じだった?

 

第一生命ホールってとこで、もう一日かかりの審査! 朝一番にくじを引いて、まず初見の順番決める。初見っていうのは、15分前に楽譜を渡されて、15分で曲を分析、すぐにステージにあがって、指揮をする。何の曲かはもちろん事前に知らされない。

合唱指揮はRisaちゃんのメインの活動でもある。

合唱指揮

初見の後は、18世紀前の課題楽曲を3曲。これはどの曲かは知らされてるけど、自分が3曲のうちどれの指揮を振るかは、当日、初見が終わってからしかわからない。

 

12分のリハのあと、通しで演奏して。それを12人分でしょ。その時点で、15時過ぎ。発表は16時からで、ファイナルにいく6人が呼ばれる。全員ステージにあがるんだけど……。

 

_どんな気持ちだった?

 

「初見、緊張してダメだったし、きっと無理。。。でももしかして、、、」ってもうドキドキだった! でも、「ここまできたからには、ファイナルに残りたい!!」って。

 

わたしの中では、一位が取れるかっていう問題より、そこで何を学ぶか、自分の名前を残して帰れるか、それが大事。せっかくここまで来てるからこそ、何か大きなものを得てバンクーバーに帰りたい。そう想った。それが賞であれ、なんであれ。

 

だから、名前が一人ずつ呼ばれるたびに、「ヤバイ!!! もうあと何人しかない!!」って(笑)。客席には家族一同、10人くらい来てくれてたし! そしたら、自分の名前が呼ばれた。

 

_最終審査に選ばれたんだね!

 

選ばれた瞬間は、もう、すごくハッピーだった!

 

そこでまたすぐに、ステージ上でくじを引いて。自分の曲が決まったら、最後はコンサート形式。それぞれにリハは15分。全員のリハが終わったら、コンサートが始まる。最後結果の発表は夜の8時半。朝9時から始まってるから、一日がかりなんだよ! 

 

_マインドをキープするのも大変そうだよね。最終審査はどうだった?

 

三位まで発表が出されるんだけど、自分は結局選ばれなかった。

 

くやしい気持ちもあった。だけど、その12時間の間に、参加者の人とすごく仲良くなったんだよね。で、やっぱり、上位3位の人たちの努力は、とてつもない。わたしなんか、足元にもおよばない。それを知った時、やっぱり、選ばれたのがあの人たちでよかった、と思った。

 

努力っていうのは、才能よりもすごく大きい。自分の中ではそう思ってる。才能は、音楽会で成功するには必要。でもそれ以上に、いかに努力したか、何時間を練習に費やしたか、っていうことが、どれだけ大切かっていうのを、自分が経験してきてるから。

 

そういう面では、自分はまだまだなんだな、って実感したし、すごく納得出来る結果だった。

 

_結果だけではなくて、そこでの体験から、いろんなことを学んだんだね。

 

もちろん! あと同時に、すごく自信もついた。ぜんぜん知らない観客の人が、「選ばれなくて残念でした、でも、いつかあなたの指揮で歌ってみたい」って言ってくれたり。

 

自分はいつも、世界に影響を与えていきたいって思ってるから、知らない人たちがそうやって思ってくれてるっていうのが、ものすごく大きな発見だったし、感激したな。

 

もちろん、批判もあったし、いろんなことを言われた。でもそれも、ぜんぶ納得したし、学びだった。

でもぜんぶひっくるめて、音楽家として、人として、経験してよかった。

毎年恒例になっている、北米有名アニメのレコーディングセッション。難しいこともあるけど、やっぱり楽しい!

_Risaちゃんの音楽家としてのキャリアの大きなステップになったんだね。りさちゃんの中で、音楽はやっぱり、いろんな活動の真ん中にあるもの?

 

そうだね、他のジャンルのことは、なくなったとしても、音楽ほどは痛くない喪失かもしれない。どれか一つ選べといわれたら、やっぱり音楽。

 

_でも、ぜんぶの活動はつながってるっていう感じかな?

 

自分のやりたいことを考えた時、最終的にたどり着いたのは、世界中、いろんな人に影響を与えていきたいってことだった。

 

一度、バンクーバーを離れて日本に帰国してた時。すごく悩んでた。「なんで自分は、それだけ言ってて、そこまで音楽に時間を費やさないんだろう?」。音楽ひとつに向けてのパッションは、音楽一本でやってる他の人にくらべてはぜんぜん、薄い。それを思ったとき、すごく苦しかった。「自分は、音楽では成功できないのかな?」って。

 

でも、わかったのは、わたしはこの人生の中で、一人でも多くの人になにかしらで影響を与えられたら、すごく幸せだってこと。「じゃあ、ツールはなんでもいいじゃん!」って気づいた。そしたら、楽になった。

 

これひとつ、って絞らなくても、今はいい。たぶんいつか、ぜんぶをひっくるめたどこかにたどりつく。今はぜんぶ楽しいし、ぜんぶやりたいから。

 

_いろんなことをやってるからこそ、そのエネルギーが音楽に生かされるってこともあるんじゃないかな?

 

そうだね。もともと、自分にとって感性はすごく大切だから。いろんな人と関わってることは絶対必要なこと。メイク、ファッション、ファイナンシャル、人と触れ合いながら、「自分は “ここ”なんだな」、って絞られてくる。

 

_どういう人に影響を与えたいか、っていうのも、そこからわかってくるもの?

 

うん。もちろんそれは老若男女なんだけど、結局、国を支えていくのは若い人たち。そういう意味では、音楽でも、リトミックにせよ、子供たちっていうのはすごく大きい。ファイナンシャルプランの仕事も、フォーカスしていきたいのは “家族”。子供たちに、どうやって安定した、ハッピーな生活を保障してあげられるか、それは親の悩みでもあるよね。そいういう意味でも、やっぱり子供たちにフォーカスしていきたいって思ってる。

 

_真ん中ではやっぱり、ぜんぶつながってるんだね! 

 

海外で自分らしく生きるRisaちゃんの、“ゼロ→イチ” ポイントは?

 

オーストラリアで体験留学した時、「あ、あたしって、日本にいなくてもいいんじゃん?」って気づいたの。日本にいて、誰かの目を気にして生きて、その人の思い通りにならないと仲間ハズレにされるような人生と、そのまま自分自身でいられて自由に生きられる人生と、どっちか選択肢があるんだって言ったら、もちろん後者を選ぶよね。

働いてたブティックの仲間と仕事終わりにご飯へ。こうやって友達を増やしていくよ〜

働いてたブティックの仲間と仕事終わりにご飯へ。こうやって友達を増やしていくよ〜

_海外に、興味を持ち始めたのは、いつ頃?

音楽はもちろん小さい頃からやってたんだけど、海外も、昔から興味があった。小さい頃から「夢はスッチー!」。今でも、1日職場体験できるならすごいやりたい!(笑)! 

 

で、スッチー=英語はマスト、とわかって。「英語やりたい!」って。小四で英語教室に通って、そこの留学プログラムを使って、中2でバンクーバーに1週間だけ、ホームステイ。

 

_初海外がバンクーバーだったんだね! どんな印象だった?

 

ホームステイ先の子供たちが、三人男兄弟でね。ポケモンカード持ってって、会話しようとしたな~。あとはよくあるけど、バケツみたいなマックのジュースのサイズに衝撃受けたり。当時はアジア人もそんなにいなかったし、ホームステイ先も白人家族で、庭が広くて、ベリーの木が生えてて、ハンモックがあって、リスがはねてて……って、「外国」ってイメージ、そのままだった。

 

_そこから、スッチーにはいかなかったんだ? 

 

身長制限があったから(笑)。中学の頃からは、福祉の仕事に目覚めたの。人を助けるっていうことにすごく情熱があって。老人ホームとかで、いっぱいボランティアした。自分はその道に行くって思ってた。

 

でも、英語はずっと続けてた。で、2年の夏、オーストリアにいる母の友達のところに遊びに行ったんだよね。その時、1日体験で現地の高校に入学して。もう、すご~く気に入って。「なに、このフリーダム!!」って。アジア人はめずらしかったから、すごいみんな寄ってきてくれて。

 

わたし、保育園の頃からずっとイジメの的だったから、そうやってアテンションもらえる自分が新鮮だった。「学校ってこんなに楽しいんだ!」って。

 

その時、「あ、あたしって、日本にいなくてもいいんじゃん?」って気づいたの。日本にいて、誰かの目を気にして生きて、その人の思い通りにならないと仲間ハズレにされるような人生と、そのまま自分自身でいられて自由に生きられる人生と、どっちか選択肢があるんだって言ったら、もちろん後者を選ぶよね。

 

_その時に、海外で生きるって決めたんだ?

 

うん。オーストラリアから帰ってすぐ、母に「高校辞めて海外で生きる」って言った。でも母は「高校は卒業してた方が絶対にいい」って、止めてくれた。今となっては感謝だよね。

 

_じゃあ、卒業してすぐに飛んだの?

 

そう。高校も皆勤賞で一年通って、その間に現地の語学学校の手続きもぜんぶ済ませて。卒業後4月に、オーストラリア再び。

 

_オーストラリアで暮らしてた頃も、音楽は続けてた?

 

サックスは持っていってたんだけど、ステイ先がピアノのない家だったから。ピアノは、小さい頃からず~っとやってたから、今までの音楽との向きあう時間と比べたら、もう、ぜんぜんないに等しくて、音楽が恋しくて恋しくて。その時に、「あたし、音楽ないと生きていけない!」って気づいた。

 

_「音楽で生きていこう」って決めたのも、その時?

 

その時まで自分は、普通に就職するもんだ、って思ってた。「音楽がないと、生きていけない」。でも、「音楽で、どうやって生きてくの?」。食べていくのは、難しい。

 

いろいろ考えて、バンクーバーのVCCの音楽科に進むことに決めた。

 

ちょうど、10年前。2006年の8月にバンクーバーに来たんだ。

大学院時代の先生と仲間たちと、コロラドへ演奏旅行。学校へ行くと自然とたくさんの友達ができるよ!

_“海外”と“音楽”が交差したのが、10年前、しかもバンクーバーなんだね。

 

そう。カレッジで音楽科に進んで、ピアノの先生はヨーロピアンで、すっごいスパルタで。でも、お母さんみたいな人だった。自分の精神状態とか、絶対にバレちゃう。初レッスンで、即言われたの。「最低2時間毎日練習しなさい」って。「無理!」って思ったけど、ちゃんと言われた通りにやったら1年ですごい伸びた。その時に、「ピアノって、こんなに楽しいんだ!」って改めて気づいて。

ピアノは2年間学んだ。どんどん伸びて、このままピアノの演奏で終わりにしようかとも思ったけど、4年制のプログラムに進むことにしたの。指揮、声楽、ピアノのほかにも、レッスンしてもらったら、自分はどれくらいまで伸びるんだろう?って。
そこで実際に、自分では気づかなかった自分のポテンシャルに気づけた、貴重な時間だったよ。

 

_そのあと、大学院にも進んだんだね。

 

「なにを専攻しよう?」って思った時に、合唱指揮だ、って思った。

 

ルーツを遡るんだけど。日本で小さいころから、小学校の卒業式や音楽会で指揮してたの。ず~っといじめられてた子が一人で、人の前に立って、指揮棒を振る。みんながわたしを見て、わたしの指揮で合唱する。気持ち良かった! 「わたしだってできる!」っていう思いがあった。

 

_“指揮”のおもしろさ、楽器演奏や歌とちがって、一般の人には少しわかりにくい部分もあると思うんだけど、その醍醐味はどこにあると思う?

 

指揮者ってね、オーラ、存在感が大切なの。一歩ステージに出た瞬間、ステージが華やかになるような。

 

合唱団が安心できる、一緒に歌いたいって、思える人であることは、すごく重要。かといって、自分が目立っちゃだめ。

 

あとは、信頼関係も大切。指揮台とステージとの間で、いかに早く、合唱団の一人一人と信頼を築けるか。それがないと、どんなにテクニックが上手でも、最高の音楽は作り出せない。

 

_最高の音楽は、テクニックプラスα、なんだね。その “α” の部分ってなんだと思う?

 

合唱においては、それこそ“信頼”があってこそ。

 

指揮者自身は、単なる“パイプ”。音楽は、すでにここにあって、できあがってる。わたしが書いたわけじゃない。できてるものを、どう形にするか? じゃあわたしが形にするかっていうと、そうじゃなくて、目の前にいる人たちが歌ってくれなきゃ、形にならない。

 

この人たちがいなかったら、この音楽がなければ、わたしの存在はない。さらに言えば、聴いてくれる人がいるからこそ、もっと満足のいく、最高のものを作りたいって思う。

 

_演奏する人、聴いてくれる人とのつながりが真ん中にあってこそ、なんだね。その信頼得るために、Risaちゃんが心がけていることは?

 

わたしは、来るもの拒まず派。限られた時間の中で、つきあってる人って限られてくる。だから、時間を費やしたい人、そうじゃない人っでてくるのは仕方ない。

 

でも、一度はジャッジなしに、その人を知ろうとすることは、すごく大切。いろんな人がいて、みんな違うことをオファーできる。それが自分とぶつかるならぶつかるで、いい。

 

例えばコンクールの初見の時なんか、そう。知らない人たちが集まっていきなりば~んと演奏するでしょ。誰もわたしを知らない中で、台に上がった瞬間に、いかに信頼してもらうか? まず、「わたしは、あなたたちを見てますよ」、「ちゃんとここにいるから」って、ひとりひとり、みんなの顔を見ながら、無言の言葉を交わすの。笑顔も大事。

 

あとは、ステージ上がったときに、自分だけおじぎをするだけじゃなく、全員を観てくれる人に紹介する。まるで、ずっと知ってる仲間であるかのように。

 

_人と人とのつながり方を、指揮で学んだんだね。

 

うん。音楽っていうジャンルを超えて、人として気づかされることはたくさんあった。今でも、その学びは続いてる。

 

<<<次回は、Risaちゃんの“挑戦”と“海外”に迫ります!>>>

前回の記事「髙橋梨紗〜海外で働く日本人が答える10の質問〜」を読む

 

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Risa Takahashi

音楽家・指揮者・スマイルライフアドバイザー

ぎりぎり昭和生まれの宇宙人。育ち盛りはいじめにあうが、海外留学に救われ「そのままの私を受け入れてくれる人が沢山いる!」と気づく。オーストラリアへ留学後、バンクーバーのカレッジでピアノを専攻、4年後主席で大学を卒業。その後University of British Columbiaの合唱指揮科・博士号課程を卒業。現在音楽家・指揮者として活動する他、メイクレッスンや、ファッションアドバイスなど、人の輝きを引き出すイベントやワークショップなどでも活躍。Youtubeチャンネル『MonaRisaSmiles』でも多角的な情報を発信中!
『MonaRisaSmiles』Facebookページ

楽しみながら子供たちと音楽の絆を深めるリトミック教室も随時開催中!

『Smileリトミック講座』Facebookページ

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About The Author

Star☆tS 編集長 - 言葉の魔術師

兵庫県明石市生まれ。言葉のお仕事師。夢見がちなこども時代、激音と妄想まみれな思春期、販売・事務職など迷走OL時代を経て、大失恋をきっかけに晴れてコピーライターに。2007年、サンタモニカへ移住。2010年、バンクーバーへ移住。ブランディング、コピーライティング、インタビュー記事執筆などの他、絵本、小説、エッセイなど、アーティストとコラボした作品も創作中。最近ぐっときた言葉は「愛は光の速度の二乗」。 カナダ留学エージェンシー カウンセラー

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