妖く、艶かしく、ときに淫ら。美しい日本の原風景を舞台に、曼荼羅や浮世絵など東洋のアートと妖が出逢い、ぶつかり合い、疾走する。

前代未聞、異色の自主制作エンタメ時代劇『仁光の受難』。10月のバンクーバー国際映画祭と釜山国際映画祭ではソールドアウトが続き追加上映が決定、11月の東京フィルメックスでは惜しくも受賞を逃したものの、観客・メディア・審査員共に強烈な印象を刻み、話題をかっさらった作品となった。

2016年に続き、2017年も、世界の映画祭への挑戦が続く『仁光の受難』。バンクーバー国際映画祭のワールドプレミアで喝采を浴びた、庭月野監督に話を聞いた。

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“海外”を意識したきっかけ

_『仁光の受難』、最高でした! 会場はスタンディングオーベーションで熱気に包まれていましたが、海外はいつ頃から視野に入れられていたのですか?

 

一作品前、『イチゴジャム』というショートムービーを撮った頃だと思います。

それより前の作品は学生映画で、大学卒業前の就活中の学生、モラトリアムの終わりを描いたものだったんですが、「これ、日本人にしかわからないよな」と完成後に気づいたんです。「こういうテーマのままでいいのか?」と。

それで、『イチゴジャム』では海外を意識した共通したテーマで撮った。でも、海外の映画祭にはいけなかったんですね。だから「もっと、海外の人が欲してくれてるものを創ろう」と。

もちろん、それがメインの目的ではないけれど、今、Youtubeなどで世界中の人が観てくれる環境はあるのに、日本人にしかわからないものを創るのはもったいない。

常に、全世界が観客、と思って撮るようにしています。

 

幼い頃から創り続けてきた物語たちが、“映画” に昇華されて

_「世界に通用する映画監督になりたい」という思いは小さい頃からあったんですか?

 

いや、そうでもないですね。小さな頃は漫画家になりたかった。どちらかというと、物語を創るのが好きで、小・中学校の時は漫画家、高校の時はゲームクリエイターになりたくて。で、大学では映画を撮って。社会人になってからは小説家になりたいと思い、一度書いてみたけどハードルが高くて、また映画に戻りました。

 

_「何か創りたい」という想いは常に?

 

そうですね。「物語を創りたい」ということだけ一貫してました。今、自分でそれを表現できるツールが映画なので、映画をやってる、という感じですね。

 

_『仁光の受難』は、監督が今まで創作されてきたことが集結している映画だと感じましたが……。

 

ずっと絵が好きで描いていたのが、映画の中での浮世絵アニメーションなどにつながってますね。

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前代未聞の自主制作時代劇映画、その背景にあった想い

_自主製作映画ということで、クラウドファウンディングを活用した一方で、9割は自腹で支払われたとか。無謀といえるような大挑戦だと思うのですが、“世界観”と“クオリティ”にこだわられ、4年の歳月をかけての完成。今回、ソールドアウトの大成功となりましたよね。長い年月の途中で、モチベーションをキープできたのは、その想いの真ん中に何があったからなのでしょうか?

 

“今回が最後”のつもりで創ったので。

僕は、年齢ももうそんなに若くない。『イチゴジャム』の時は、いろんな国内の映画祭に呼んでもらって、評価されて。自分は、それで世界が変わると思ってたんですね。でも、実際はそんなに変わらなかった。だから、「あ、短編で、日本国内の映画祭で評価されても次にはつながらないんだ」と強く思ったんです。

「次の作品につなげたかったら、長編を撮るしかない。長編も、ゴールを映画祭にしてはいけない。ちゃんと劇場に仕掛けられるクオリティ、かつ海外でも評価される作品を創らなきゃ」と。

評価されて誰かにチャンスをもらう、でなくて、

「チャンスくれなくても、自分から行ってやるよ」くらいのものを創らないと。

そして、そういうものは、そうそう何回も創れるものではないんです。

 

_背水の陣で臨んだんですね。

 

「これがダメだったら、映画は一切やめよう」というくらいの気持ちで始めました。

だからこそ、中途半端な気持ちでは完成できなかった。とにかくクオリティを上げることに専念しました。

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_四年の間で、あきらめそうになることはありましたか?

 

意外と、そうでもないんです。あんまりポジティブすぎないというか、思いつめすぎないので。嫌だったらすぐ逃げる。追い詰められたら「あ、今日はなにやってもだめだ!」って寝ちゃう。

 

_好きなことだったから続けられた、ということでしょうか。

 

もともと、一人の世界が好きなので……。VFXやアニメーション制作では、黙々と、地道にコツコツ、ストイックに集中できたので、性に合っていたのだと思います。

映画ってやっぱり、体育会系なんですよ。現場は戦い。アメフトみたいなぶつかり合い、檄のとばし合い。

僕の場合は、画家タイプというか。海辺のほとりの静かなアトリエで、油絵をひとつひとつ仕上げていくような、あまり人間同士の摩擦が生まれないような環境が好きなんですね。

 

浮世絵、曼荼羅、東洋のアートに命を吹き込んだVFX

_独特の世界観を醸し出したVFXやアニメーションは、すべてご自身で制作されたということも驚きでしたが……。

 

「これを人に頼んで再現できるかな?」って。自分の中でイメージは常にあるんですが、それを人に伝えるのに、すごく労力を使う。その労力を制作に活かした方がいいなと。伝える労力より、自分で描く労力を選んだんです。

 

_蠢く曼荼羅や浮世絵、ボレロをバックに真紅のステージで踊り狂う能面ダンサー、主人公が変容してゆく時の漆黒の渦巻き……。象徴的で強烈なイメージに頭がクラクラしましたが、仏教や神道などの宗教芸術や、東洋のアートには、もともと興味がおありだったんですか?

 

ぼくは実際、典型的な日本人タイプで。ふだんは無宗教、葬式は仏教、正月は神道、クリスマスはキリスト教。

ただ、宗教芸術は昔から好きだったんですね。芸術としての曼荼羅や神社仏閣、神仏が形成されてきた文化や背景に、すごく興味がある。それこそ、物語として魅力的だなと。そのリスペクトを込めて、映画に盛り込みました。

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_また、山、森、光、夜の空気の冷たさ、日本の原風景というものを感じる作品でした。監督の中で、日本の風土の美しさを伝えたいという想いがあったのでしょうか?

 

ああ、ありがとうございます。それこそ最初の企画書から、「原風景」って書いてました。

日本の映画は、とにかくバジェットが小さい。だから景色には、なかなか力を入れることができないんです。他のシーンを撮影した場所で風景も一緒に撮ったり、という感じで。

でも、自分は本当に日本の原風景をこの映画の中に求めていたので、ワンカットのためにはるばる遠出したり。

 

_鹿を撮影しに、奈良まで行かれてましたよね!

 

そうそう、わざわざ一人で奈良まで(笑)、「とにかく原風景を取りたい!」「でも撮影隊ではムリ!」ってことで、「もうひとりで行って撮っちゃえ!」と。出したい世界観というのが、本当にあったので。

 

_そういった自然の静と動はもちろん、笑える部分と、おどろおどろしい部分との対比を魅せながら、最後のシーンへとなだれ込んでいく疾走感もすごかったです。そんな中で描かれる仁光の葛藤と変容から、人間存在の根本に訴えかけるようなメッセージも感じたのですが……。

 

自分としては、映画にメッセージ性は込めたくないんです。ただ、主人公達の思想はちゃんと考えて設定している。だから、ぼくの言葉ではなく、登場人物たちの言葉。何かを伝えたいというよりも、「このキャラがそう思ってるだろうな」、という感じでしょうか。

解決とか、なんでこうなったか、という部分は描きたくない。仁光の能力は何だったんだ、山女って誰だ、って、結局わからないまま。怪談話なので、理由がわかったらダメなんですよね。謎を残しておく。「不思議なことが起こりました。これはたぶん妖怪のせいだね」という。

 

_受け取る人がそれぞれの解釈で、登場人物たちの言葉を受け取ればいいと。

 

そうですね。

 

_わかりました。とにかく、めちゃくちゃおもしろかったです。すいません、ほんとただの正直な感想なんですけど……(笑)

 

いや、ありがとうございます(笑)。そういう感想が一番うれしいです。

 

_エンターテインメントとしてもアートとしても楽しめたし、笑いも恐怖も驚きもあって、いろんなおいしいディープな部分が、凝縮していました。

 

自分が楽しいというより、楽しんでもらえるものを、という想いで創ったので……。

 

_ご自身も楽しんでおられたからこそ、観客にも伝わったのではないでしょうか。

 

楽しいかどうかは……、四年もかかったんで、つらいことの方が多いといえば多かったですが……。でも、とにかく好きなことだったんで、苦ではなかった。いや、苦もあったけど、投げ出そうとは思わなかった。

 

ただまあ、自分はこの永遠にこの映画を作り続けてるんじゃないかと、10年後もこれをやってるんじゃないかという恐怖はありました。

 

_大丈夫です監督! 完成しましたから!! そしてバンクーバー国際映画祭で満員御礼拍手喝采を浴びていらっしゃいます!!

 

そうですね、ありがとうございます!!(笑)

  

美と妖、女体に求めた時代性のリアル

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_アートだけではなく、美しさと妖艶、あやかしに通じる女体の描きかたが非常に印象的でした。『イチゴジャム』もエロティシズムを感じさせる作品でしたが、監督の中で、そういったテーマがコンセプトとしてあるのでしょうか?

 

メジャーな邦画へ反抗心といいますか。要は、大手の商業映画って、そういったシーンでも、そうそう脱がない。だけど、強い人間性を描くときに、ソフトな表現でライトにしちゃって、「それで本当に伝わるの?」って。

今回の作品に関しては特に、その時代の風俗を表現したかった。性に対しておおっぴらな、寛容な時代だった。だからこそ、今の時代劇に出てくるような、ただきれいな女性、ということではなく、ほんとうにリアルな部分をも描きたかった。そういった想いもあって、「脱がない」という制限を外したんです。

 

_次は韓国での釜山映画祭が控えていますが、これから監督が挑戦していきたいことは?

 

本音を言うと、2作目は海外で撮りたいんです。

ぼくの監督人生が今後も続くとしたら、基準が今回の『仁光の受難』になる。「2作目はどんなものになるだろう?」となった時、またとんでもないものを見せてやろうという、とびきりの企画がひとつだけあるんですが、日本で撮るのは厳しいんじゃないかという内容で。

でも、海外なら、撮らせてくれるんじゃないか、と。だから海外の映画祭で、その可能性をさぐりたいですね。

あと、今回の映画は母親には「観なくていいよ」、と言っているので、母親が喜ぶような作品も撮ってみたいなと思っています(笑)。

 

_最後に、監督にとって、“映画”とは?

 

“ライフワーク”ですね。

仕事でなくても、「もう、やらなくていいよ」、って言われても、やるんだろな。宝くじに当たって、働かなくてよくなっても、きっと撮ってる。

もう、小学校からず~っと、ひとときも欠かさずに、物語を創るってことをしてるので。仕事で忙しい時も、ノートの切れ端とかに何か描いたり。

ごはん食べるのと一緒ですね。特に意識してないくらい。

衣・食・住・映画、みたいな感じで。

 

_ありがとうございました。次回作、期待しています!

 

Profile _ 庭月野議啓(にわつきののりひろ)
1981年生まれ。北九州出身。九州芸術工科大学在学中に映画を撮り始め、九州大学芸術工学府卒業と同時に上京し、フリーランス・ディレクターとして活動を始める。実写ドラマだけでなく、ミュージックビデオやアニメーションなど多様な作品の演出を手がけ、2010年には短編映画『イチゴジャム』がPFFアワードを始めとする様々な映画祭に入選。初のアニメ監督作であるショートアニメシリーズ『オニズシ』(2016)でも非常に高い評価を得ている。この度4年の歳月をかけて完成させた自主制作時代劇『仁光の受難』(2016)は、自身の初の劇場公開長編映画となる。

映画『仁光の受難』今後の上映予定などはこちらから!
公式ブログ
http://ninkonojunan.blogspot.jp/

About The Author

Star☆tS 編集長 - 言葉の魔術師

兵庫県明石市生まれ。言葉のお仕事師。夢見がちなこども時代、激音と妄想まみれな思春期、販売・事務職など迷走OL時代を経て、大失恋をきっかけに晴れてコピーライターに。2007年、サンタモニカへ移住。2010年、バンクーバーへ移住。ブランディング、コピーライティング、インタビュー記事執筆などの他、絵本、小説、エッセイなど、アーティストとコラボした作品も創作中。最近ぐっときた言葉は「愛は光の速度の二乗」。 カナダ留学エージェンシー カウンセラー

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